「中国伝統医学(以下中医学)」と聞くと、どのような医学を想像しますか?
最近では日本国内でも「薬膳」から中医学に進まれる方も増えて来ていますので何となくご存じの方も多いのではないかと思います。
中医学とは、その名の通り、古代中国で陰陽五行学説という哲学をもとに発展してきた伝統医学のことを言います。
鍼灸や生薬、按摩、カッサ、吸い玉、気功、淋浴(りんよく)、湿布などの医術を使いこなし、健康維持から病気の予防、治療を行う分野です。
WHOが定める三大伝統医学の一つとされています。
今回は中医学を知っていただくために、
- 中医学の歴史と、漢方医学との違いとは
- 中医学の考え方と西洋医学との付き合い方
- 中医学の背景にある陰陽理論
についてご紹介していきます。
【中医学と漢方】
中医学は4000年ほど前に中国大陸で発展してきた非常に歴史のある医学です。
中国の前漢の時代(前200年~後8年頃)には、中国に現存する最古の医学書である『黄帝内経(こうてうだいけい)』がまとめられ、後漢の時代(25~220年頃)には張仲景(ちょうちゅうけい)という医学者によって『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)以下傷寒論』が編纂されました。
この2冊が中医学理論の原点になっています。
少し余談になりますが、『黄帝内経』の中の文章に、「昔の人は100歳まで動作も衰えることなく元気だったのに、今の人はお酒を飲みすぎたり、生活が乱れているから病気にかかりやすくなり、寿命も短くなった」というくだりがあります。
2000年以上前の人と今も、人間の本質はそんなに変わっていないことが分かります。
現代社会にも通ずる内容も沢山ありますので、一度手に取って読んでみることをお勧めします。
さて、中医学が日本に伝わったのは隋や唐の時代(日本では飛鳥時代)と言われています。
この時代は隋や唐に使節団を派遣し、医学だけでなく様々な学問や文化、政治制度などを積極的に取り入れていました。
医学では、先述の『傷寒論』が日本に伝わり、日本独自の研究と発展により、平安時代に丹波康頼(たんばやすより)による日本初の医学書『医心方(いしんほう)』が編纂されました。
これが日本の「漢方医学」の基礎になっています。
日本の漢方が冷えの治療に強いのは、『傷寒論』の考え方がベースになっているからだと考えられます。
中医学は漢方医学の元になる医学であり、似ている部分も多くありますが違います。
中国における中医学は現代にいたるまで様々な医学書や処方が生み出され、時代や流行病などの検証や新しい治療法の絶え間ない進化を続けています。今は新型コロナウイルスの中医学治療の研究も盛んに行われ、様々な論文も発表されています。
中国が比較的新型コロナウイルスの封じ込めに成功した要因は、中医学の貢献が大きいからだと言われています。予防意識の高い人は感染していなくても中医師に相談し、アドバイスをもらっているそうです。
安易に合わない健康食品に手を出すよりは余程いいですね。
【日本の漢方の普及が遅れたのは西洋医学の圧力?】
日本初の医学書『医心方』が出された時代、日本では医学は天皇や上流階級だけのものでした。
そして、漢方医になるには師匠に入門する必要があり、医術はすべて弟子への直伝で行われていました。
戦後の日本において、急速に医師の養成が求められた時代に、何年で一人の医師が誕生するか分からない漢方医より、システム的に6年間で医師が養成できる西洋医学が主流になったということです。決して西洋医学の圧力ではなく、閉鎖的な漢方医学のあり方が原因だったのです。
世界で初めて麻酔薬を用いた手術に成功した日本の漢方医、華岡青洲(はなおかせいしゅう)も、やはりその処方を公開しませんでした。欧米で麻酔薬を用いた手術に成功したのは、華岡青洲が成功した40年後であるとも言われています。処方を公開しなかったのは安全性の問題なども言われていますが、もし彼が処方を公開して研究をすすめ、麻酔を使いこなせる医師を育てていたら日本の医学の歴史は変わっていたのかも知れませんね。
【中医学の二大コンセプト】
中医学には大きく2つの考え方があります。
- 整体観念(せいたいかんねん)⇒バランス観
- 弁証論治(べんしょうろんち)⇒オーダーメイド医療
1つめの整体観念とは、人間は自然界の環境から様々な影響を受けている「小宇宙である」という考えです。自然のリズムやサイクルに反したときに健康を害すると考えます。
『黄帝内経』には、各季節の養生法も詳しく書かれています。
現代を生きる私たちも、季節に合わせた旬の食べ物をいただいたり、季節に合わせた生活を心がける必要性を学ぶ必要があります。
2つめの弁証論治は、患者さん個人の体質、性格、習慣、発病の原因、状態などをしっかり分析して、個人に合わせた治療や養生法を提案することです。
たとえ同じ症状であっても、原因が違えば違う治療をする。また違う症状でも、原因が同じであれば同じ治療をするというのが中医学の特徴です。
【なぜ今、中医学や薬膳なのか】
西洋医学の大きな特徴例は、
□病気の部位(局部)を診る
□外科など、救急に強い
□時には大きな副作用の可能性がある
□数値やデータで管理する
対して中医学の特徴例は、
□ひと全体を診る
□体質改善や慢性疾患に強い
□正しく治療すれば副作用が少ない
□ひとの主訴、顔や姿勢、声などを診て管理する。
どちらが良い悪いではなく、どちらも強みがあります。
中医学や薬膳を学ぶ人にたまに「アンチ西洋医学」になってしまう人もいますが、良いところをうまく取り入れて上手にお付き合いしていくことが得策だと思います。
実際中国では「中西医結合(中医学と西洋医学を併用していること)」が一般的で、「中医病院」の中でも患者さんによっては西洋医学での治療しかしていないということもありました。必要に応じで強みを選択していきましょう。
私は帰国後、管理栄養士として栄養指導の現場にいるのですが、中医学や薬膳を学んでいない専門家は、数字ベースでのアドバイスが主で、「温める」「冷ます」「巡らせる」などの言葉が出てくることはありません。
つまり、今の現代医学の栄養指導は、極端な言い方をすると、数値さえ合っていれば冷え性の人が身体を冷やすものばかり食べてもOKになるということです。
単純に冷えているせいで内臓が動けずに代謝が落ちて肥満になっている人は、温めるだけですっきり痩せていくこともありますので、管理栄養士などの専門家ほどこの中医学の「陰陽理論」を身に着けておくといいと思います。
□身体が冷える時には温める性質のあるものを選ぶ。
□体が熱くほてる時には冷ます性質のあるものを選ぶ。
これができるようになるだけでも、自分の状態に敏感になり、体調管理が上手にできるようになりますし、過度の冷暖房を必要としないためエコにもつながります。
夏の上海の街では、緑豆スープや菊の花茶などを持ち歩いている人を見かけます。
観光地に行けばアイスクリームよりも身体の熱を冷ますキュウリが沢山売られている風景を目にします。
難しい理論ではなく、普段の自分の生活に取り入れやすい実践方法が沢山あるので、栄養学にプラスして中医学、薬膳を取り入れていただければと思います。
健康情報迷子になる人が多い現代こそ、栄養計算やサプリメントから一旦離れて、一度地球からの命のギフトに心を向け、生命エネルギーをいただくようにしてみましょう。
【陰陽理論とは】
中医学の考えの基礎になる「陰陽学説」という学問があります。宇宙、自然の法則を説いた思想であり哲学です。
この世界に存在するものはすべて「陰」と「陽」という正反対の2つの性質に分類し、法則通りに存在し、機能しているという考えです。もともとは気一元論(きいちげんろん)という、万物はすべて一つであり分離がないワンネスという思想から発展し、2つの性質に分けて様々なものを当てはめています。
自然環境だけでなく、人間の肉体や精神も、陰陽のバランスが崩れることで病気になると考えます。
陰陽学説に関する研究は莫大な量で、その全てを学ぶことは不可能ですので、興味深い一部分を切り取るだけでも十分だと思います。
陰陽の法則のポイントは4つあります。
- 対立と制約(お互いの力関係)
- 互根互用(依存関係)
- 平衡(バランス)
- 転化(相手の性質に変わる)
少し難しいかもしれませんが、陰と陽は片方だけで存在することができず、お互い依存しながらも対立したりしながらバランスを取ろうと常に動いています。
今は分からなくても、そんなものか、と読み流してください。
少し話は逸れますが、実はこの陰陽の法則の通りに動くYing-Yang DNAがアメリカで発見されています。DNAレベルでも陰陽が通用するとはもはや最新の科学です。
易経(えききょう)で用いられる六十四卦(ろくじゅうしけ)は陰陽から発展しており、これも遺伝子の4つのアミノ酸の配列パターンが64通りになるという数字とも一致します。
これらを合わせて見るだけでも、とても神秘的で古い学問とは思えなくなりますね。
中医学にお話を戻します。
「中医学の基礎は道を知ること」と言われています。
道というのが万物の道理のことです。その道を一言でいうと「陰陽学説」ということです。
『黄帝内経』の中でも
「天地の自然変化を熟知している者は必ず人体の変化にも熟知している。~中略~物事の規則を把握していれば迷いは生じず透徹することができる。」
と書かれています。宇宙の法則を知ることが天命を生きることや仕事の成功、健康にもつながるということです。
まさに中医学は自然や生命を尊重し、きちんと生活を整え、心を正しましょう、などを説く医学であり生命哲学そのものです。
【中医学の中での陰陽理論】
中医学は陰陽で始まり陰陽で終わるとも言えるくらい、常に陰陽学説がついてきます。
現実社会では無関係な学問に感じるかも知れませんが、日本の相撲のなかでも陰陽学説から発展してきた「八卦(はっけ)」を「八卦(はっけ)よい!のこった!」と使われているという説もあります。
干支(えと)や二十四節気、節句などもまさに陰陽理論です。
普段の生活や行事の中に陰陽理論を探してみると意外と身近に沢山あることに気づくことでしょう。
中医学の診断方法も陰と陽に分けて分析していきますので、この段階で判断を間違えると治療も間違えることになります。
□陰が足りないときには陰をプラスする。
□陰が強すぎたら抑える。
陽に関しても同じですが、ここからが中医学のスタート地点です。
この先に五行学説などを使って細かな部分まで診ていくというプロセスです。
少しは中医学に興味を持っていただけたでしょうか?
五行学説については別のコラムで書かせていただきたいと思います。
(薬膳Any協会理事 管理栄養士 大倉あやこ)